マウスの父、ダグラス・エンゲルバート

パソコンは、今のようにディスプレイ上のアイコンやボタンで操作できるようになる前は、コマンド(パソコンに指示を出すための文字列)をキーボードから入力することで動かしていました。さらにその前の、「パーソナル」とはとうてい言えない巨大コンピュータは、穴を開けた厚紙(パンチカード)を箱いっぱいに用意して、処理にかけているあいだ長々と(たとえば一晩とか)待ってやっと計算結果が出るという、大がかりなものでした。情報をリアルタイムで処理できるなんて夢にも思えなかった時代もあったのです。

でも今は誰でもマウスの操作でパソコンを操ることができます。このマウスを開発した人の話と、その人の伝説のプレゼンテーションの話が私は大好きなので、少し語ってみたいと思います。詳しく知りたい方は思考のための道具(ハワード・ラインゴールド著、1985年)』の「長距離走者の孤独」の章を読んでみてください。このページはそこからの引用とまとめになります。

新しい情報デバイスの着想と実現までの背景

1945年の夏、ダグラス・エンゲルバートという二十歳の若者が、ある論文を読みました。彼はアメリカ海軍のレーダー技術者で、戦争が終わってフィリピンから帰国する船を待っている間に立ち寄った図書館でのことだそうです。
その論文は、「人間の経験の総量は驚くべき割合で増えてきている。しかしその結果生じる迷路を通り抜けて、すぐに必要な項目にたどりつくまでの手段は帆船時代と変わっていない」として、今後はそれを解決する装置が必要になると予想していました。また「情報処理技術を、人間の記憶や思考を増幅するために使えるかもしれない」とも書かれていました。

そして戦後、エンゲルバートは海軍を離れて就職し、25歳で結婚すると、ふと考え込んだそうです。大恐慌の時代に育った人間にとって人生の三つの目標だった「教育・仕事・結婚」を済ませてしまって、残りの人生をどうするかが新たな課題となったのです。
彼は二十歳の頃に読んだ論文で情報の取り扱いの重要性を理解していたこともあり、「そこを改善できるなら人類に著しく貢献できるだろう」と思いました。なかなか大志を抱く若者だったようですね。さらに彼はレーダー取り扱いの経験から、「パンチカードや紙に情報を表示できるということは、スクリーンでも同じことができる筈だ」とも考えました。そして1951年には仕事を辞め、大学院でコンピュータを学び始めます。
博士号を取って、エンゲルバートは1957年にはスタンフォード研究所(SRI)に就職しました。1963年に、『人間の知性の増幅のための概念的枠組み』という論文を発表します。そこから私が感銘を受けた一部を適宜改行しながら以下に抜粋します。

「人間の知性を増幅する」ということは、人間が複雑な問題に取り組み、必要に応じた知識を得て、問題の解決をもたらすための能力を増加させるということである。こういう点で、増加した能力とは、以下のことが混在したものといえよう。
より速く知識が得られること。
よりよい知識が得られること。
以前は複雑すぎた状況において役に立つような知識が得られること。
解決がより速く見いだせること。
より適切な解決が得られること。
以前はまったく人間の手に負えなかったことでも、解決が見いだせること。

2015年現在、後半はまだかもしれませんが前半はインターネットによって既にかなり実現できています。でも1963年というとアメリカではケネディ暗殺の年で、日本では昭和38年、「鉄腕アトム」放映開始の年であり、黒四ダム完成の年です。そんな昔に既に、単なる夢物語やSFではなく、科学的に実現できる筈の未来としてそうしたことを思い描く人がいたことに、私は感動してしまいます。「今あるものは過去に誰かが夢見たものだ」というフレーズを思い起こすのは、無邪気すぎるでしょうか。でもパソコンを、そうした夢の結晶として見ているから、パソコンを身近に感じてほしいし、できれば好きになってもらいたい気持ちが私にはあるのです。

さて、この論文がきっかけで、エンゲルバートとSRIは、ARPA(米国国防総省の高等研究計画局)から研究の資金援助を受けることになります。ようやくエンゲルバートが夢見ていた、情報をスクリーンに表示させ取り扱う新しい情報デバイスの開発研究ができる素地が整ったのです。

情報空間を駆け巡る、伝説のプレゼンテーション

やがて1968年、エンゲルバートと彼のチームは「秋季合同コンピュータ会議」に参加することにしました。そして数千人のレベルの高い専門家や技術者に対して、世界中から集めた最新の電子式投影システムで、文字だけでなくエンゲルバートの表情や、手元と画面が連動する様子を映しながら、研究の成果のデモンストレーションを行いました。それは大喝采を受けたそうです。

現在、私たちはディスプレイにいくつものウインドウを開いて作業をしたり、プロジェクタでパワーポイントを映したり、さまざまな情報の取り扱いを当たり前のようにしています。でも当時はディスプレイに文字を表示することすらまだめずらしい時代です。
ですからそれは、たとえば誰も実物を一度も見たことがないファンタジーの世界が映像化された時の衝撃に似ていたのではないでしょうか。古くはネバーエンディングストーリー、もう少し新しければロード・オブ・ザ・リングやナルニア国物語の世界がスクリーン上に立ち現れ、原作の文字をたどって頭の中に思い描くだけだったイメージを初めて目にした、あの感覚。

そのプレゼンテーションで、それまでプログラムやコマンドで動かす文字的で概念的なものであったコンピュータの操作が、目に見えるものとして提示され、いわば「見える化」されました。自由に、リアルタイムに、映像を切り替えたりウインドウを分割したり、それはエンゲルバートの話の内容とリンクしていて、情報の新しい取り扱い方法のデモンストレーションにもなったのです。『思考のための道具』から少し引用します。

エンゲルバートはちょうど新しい乗り物のテストパイロットのような感じだった。その乗り物は実際の土地を飛ぶのではなく、コンピュータ学者が「情報空間」と呼ぶ、それまでは抽象概念であったものを駆け巡るのだ。
(中略)
この新しい乗り物の魔法の窓からみる世界は、平原とか林とか大洋とかの普通の風景でなく、言葉や数字やグラフ、映像、概念、パラグラフ、論争、関連性、公式、ダイヤグラム、証明、文学作品の本文、そして評論のスタイルなどが登場する「情報景色」(informationscape)なのである。その最初の衝撃は目がくらむようなものであった。

このプレゼンテーションは大成功で、コンピュータの分野では稀なスタンディング・オベーションで終わりました。アメリカでは「全てのデモの母」と呼ばれていて、「The Mother of All Demos」で検索するとその時の映像を見ることができます。そして、この時に使われていた情報制御機器のひとつが、当時はほんとうに画期的なコンピュータ入力装置だったマウスなのです。